< 仏 教 問 答 T>
米国 エッチ・エス・オルコット氏(明治23年)
<仏教問答U>


第一
あなたはどんな宗教を信じて居られますか。

答え
仏教を信じて居ます。

第二
仏教信者とは如何なる者で御座いますか。

答え
釈迦如来に従うとし、その教を信ずる者で御座います。

第三
仏陀とは、猶ほ神の如き者で御座いますか。

答え
否。

第四
然らば人で御座いますか。

答え
姿は人で御座いますけれども
彼の内心は決して人の如くでは御座いません。
詳しく申せば彼の徳性と知覚は独り古今の人に優れて有ります。

第五
仏陀と申すは、彼の名前の如きもので御座いますか。

答え
否、それは心の状態に名付けたもので御座います。

第六
その訳は如何で御座いますか。

答え
卓識(大覚)、即ちすべての智慧を具えたと云う義で御座います。

第七
然らば仏陀の真正の姓名は何と申しますか。

答え
彼はガビラバスツ国の太子にして
王名はシッタールダと云い王姓はゴーダマと申します。

第八
彼の父母は誰で御座いますか。

答え
父王はスドーダナと云い母公はマヤと申します。

第九
この王は如何なる人民を支配して居られましたか。

答え
釈迦人種、即ちアリアンの種類で御座いました。

第十
ガビラバスツは何処に御座いますか。

答え
印度ベナレス府の東北一百里にして
ヒマラヤ山から殆んど40里余りの地に当たりで御座います。

第十一
如何なる河を帯たる国で御座いますか。

答え
ロヒニイ河、今はコハナ河と呼びます。

第十二
シッタルダー太子は、何時頃に生まれられましたか。

答え
耶蘇紀元前623年で御座いました。

第十三
太子は他の太子の如く栄花栄耀を究めて居られましたか。

答え
然り、父王は彼の為に三時殿を建て印度三時の気候に従い
一は九階、一は五階、一は三階の楼閣として
荘厳は美麗を究め、周囲の広い庭園には山水を築き
種々な芳草佳水を植え、花は時を以って色を競い
噴水は池中に飛び禽鳥の梢に囀る等
その栄花栄耀究りなかりしをしられよ。

第十四
彼は唯独りでこの宮殿に住して居られましたか。

答え
否、16歳までスプラブッダと云える人の女ヤソーダラ姫と結婚し玉い
且つ容顔麗しく歌舞伎楽に妙を得たる宮女が
昼夜陪従して御意を慰めていました。

第十五
如斯奢侈の中に居ながら如何にして
一切の智慧を得られましたか。

答え
太子は天然と才智備えり
幼にして諸の技術に達して居れますから良き教師を迎えて
教えさせますと直ちに覚えてしまわれます。

第十六
この華麗なる宮殿の中にて仏陀と成られましたか。

答え
否、これは皆見捨て唯独り森林に入られました。

第十七
何故そのようなことを為されましたか。

答え
我々の苦悩の原因とこれらを脱れる道とを求めんが為で御座います。

第十八
これは自己の私欲から発りうる事では御座いませんか。

答え
否、一切衆生の為にせんと欲して自身を擲たれしは
無尽の大慈悲心で御座います。

第十九
太子は何を擲たれましたか。

答え
彼の美しき宮殿と富貴と栄耀と快楽と柔軟なる臥床と
麗服や味き飲食と王国とで御座いました。
そして、彼の愛妻・愛子をと見捨てられました。

第二十
彼の一子の名は何と申しますか。

答え
ラーフラと申します。

第二十一
他にも嘗て我々の為に個様に擲棄し人が御座いますか。

答え
一人と御座いませんから仏教徒が深く彼を愛敬し
且つ彼の如くならんことを冀う所以で御座います。

第二十二
彼の森林に入られし時の年齢は何歳で御座いましたか。

答え
二十九歳で御座いました。

第二十三
何故彼は人の常に愛慕する所の者を擲ち森林に入るの決心を発されましたか。

答え
或る日、車に駕して遊ばれし時梵天(浄居仏)
彼の前に四つの感動し易き異状の相を示現致しましたからで御座います。

第二十四
その四つの異状の相とは如何なることで御座いますか。

答え
一は、衰弱したる老人
一は、病める人
一は、腐敗したる死骸と
一は、貴き仙人で御座いました。

第二十五
彼は独りにてこの示現の相を見られましたか。

答え
否、車匿と云へる従者もまたこれを見ました。

第二十六
何故個様な通常人の親しく見聞するものに依って
殊に森林に入る程の念を覚起したので御座いますか。

答え
我々は、しばしば個様なる現相を見ますなれども
彼は一度も見なんだから深く心に感動を発しました。

第二十七
何故、彼は一度も見なんだので御座いますか。

答え
彼の生まれし時に当たり或る占星家が、この王子は他日国を捨てて
仏陀となるで有ふと申しましたから
父王はその世子を失わせんことを気使って人間の苦悩を見せず
且つ、その侍従にもまた個様なる談話をすることですら許さなんだ。
彼は殆ど美しき宮殿の中に住んで、囚人の如き状態で御座いました。
園庭の周辺には高塀をめぐらし内部は美を尽くして
充分の快楽を究めて外出の念を絶たせましたから
社界の悲哀及び憂苦を知らなかったので御座います。

第二十八
彼は実に世人の為にその身を擲たんとするなどを
父王の予め知られし様に慈悲心を持って居られましたか。

答え
然り、彼は常に有情の内心を感通して何事も
深く憐愍慈愛の心を発起されました。

第二十九
森林の中に在て如何に人間苦悩の原因を発見す事を探究されましたか。

答え
苦悩の原因と人の本質とを深く思考するに就いて
妨げとなるものを避けん為で御座います。

第三十
彼は如何にして宮城から逃れ出ましたか。

答え
或る夜、諸人の熟睡を伺い起き出で眠臥せる妻子に暇を黙告し
車匿を召してカンタカと云える彼の愛馬に乗り
宮門に来れば梵天すでに父王の命を受けて門を衛る番人を深睡させおきたれば
馬蹄の音に眠りを覚ましませんでした。

第三十一
しかしながら宮門を鎖してしまったのですか。

答え
固より閉じて御座いましたけれども
梵天の助力によりて難無く開けて、遂に暗夜に乗じて立去られました。

第三十二
彼はそれより何の方に赴かれましたか。

答え
ガビラ城を距る程遠きアノマ河まで行かれました。

第三十三
然して、後は如何にされましたか。

答え
彼は馬から下りて剣を抜いて髪を断り装飾品を解いて
馬と共に車匿に与え、帰りて父王に献じさせました。

第三十四
その後は如何にされましたか。

答え
マガダ国のラージャガ城の方に向かって歩行されました。

第三十五
何故そこへ行かれましたか。

答え
烏留宇恵羅の森林中、賢哲の仙人が多く住して居ましたから
その弟子となりて希望するところの智慧を求める為で御座います。

第三十六
彼の多くの仙人は如何なる宗教を信じて居ましたか。

答え
印度固有の宗教、即ちバラモン教で御座いました。

第三十七
彼等は何と教えて居ましたか。

答え
その教える所は、完全なる知恵の得るには
必ず多年の間、難行苦行をせねばならんと教えました。

第三十八
太子は果たして是に依ってその言う所の如くして
得る所が御座いましたか。

答え
否、彼唯その教る儘に艱難辛苦を嘗められましたけれども
人間苦悩の原因となる真理を見出すことは出来ませんでした。

第三十九
然るに後に彼は、如何せられましたか。

答え
彼れ終にブッダガヤという森林の中に入て食を断て
数年を費やして観念致しました。

第四十
彼唯独りで御座いましたか。

答え
外に五人の従者が御座いました。

第四十一
その名は何と申しますか。

答え
コンダンヤ・バッダヂ・ワッパ・マハナマ及び、アッサジで御座いました。

第四十二
真理を知らんと欲して彼は如何なる行法を為して
その心を開発かんとされましたか。

答え
見聞の外物にして心中の静念を撹乱するところの物を
遮断りて黙坐沈思されました。

第四十三
彼よく食を断たれましたか。

答え
然う、修行年間は断食せられたと申しても宜しゅう御座います。
次第次第に食物を減らして後には
一日に米一粒又は「セルマルム」の果一粒を服したと云うことで御座います。

第四十四
この行ないに依って、果たして彼が願う所の智慧を成就しましたか。

答え
否、彼の身体は痩せ気分は衰えて遂に或る日沈思ながら歩行せし時
気力頓かう消耗へて昏冥地上に倒れられました。

第四十五
その時、彼の従者は何と思いましたか。

答え
彼はすでに死したと思いましたけれども
少時なりて蘇生致しました。

第四十六
その後は如何なりましたか。

答え
彼は遂に智慧を得るは心意の発達によるものにて
必ずしも身体の恨苦や断食に依て得られるものでないと云うことを
悟られました。
彼は飢えて僅かに一死を免れましたけれども
一切種智を得るなどは出来なんだから
復び食を始め、生を全うして智慧を求めんと決心致されました。
その時一人の貴女の「ニユガ」樹下に臥したるを憐れみて
食を饋りました。
これを喫して後は、彼の体力稍元の如くなって起て乞鉢を携え
「ニランジャラ」河に入りて洗浴し、食を求めて再び森林に入られました。

第四十七
森林に入て如何されましたか。

答え
再考の後、決心致しましたから日の入合頃
菩提樹の下に至られました。

第四十九
そこに在て如何されましたか。

答え
成仏するまでは、此処を離れまいと決定されました。

第五十
その夜、彼は何を得られましたか。

答え
彼の前生と再生の原因と慾心を消滅べき方法などを
知るの智慧を発しました。
翌日の暁には蓮花の開る如く彼の心が全く開発ました。
そして、最も勝れたる智慧
彼の四諦と申しまする(苦集滅道)者が
心に湧き出でました。
これから始めて仏道を成じ、智慧明らかになりまして
知らないところは更にない様になりました。

第五十一
彼は果たして人間苦悩の原因を発見する事が出来ましたか。

答え
彼れ遂に之を発見致しました。
旭の天に登り、長夜の暗黒、次第に去るに随ふて
山川草木人畜など人の目に瞭かなる様な智慧の光明
彼の心中に輝くや否や忽ち以て人間苦悩の原因及び
之を脱離するの道を発見致しました。

第五十二
彼れこの一切智と證る前には、大いなる困難や辛苦を
嘗められましたか。

答え
然り、その困苦は実に大なることで御座いました。
その肉体では真理を発見するに妨げとなるべき
人慾及び外物の総べて人智を惑わすべきものに克たなければならん
個様ですから、その争いは八面に敵を受けて勇を奮ふ壮士の如く
その勝つ事は猶英雄の敵陣を破る様で御座います。
個様にして遂に人間の苦悩の
秘蘊を発見することが出来ました。

第五十三
汝は一言にてその秘蘊を云うなどができますか。

答え
無明で御座います。

第五十四
その方法は、如何で御座いますか。

答え
無明を去りて、智明に遷るので御座います。

第五十五
何故、無明を以て苦悩の原因としますか。

答え
それ即ち、人をして貴ぶべからざるを貴び
悲しむべからざるを悲しみ、幻影を認めて実と誤り
而して真に貴ぶべきものを軽んじ
賤しきものの為に奔走して一生を過ごさせるからで御座います。

第五十六
何を真に貴ぶべきものと致しますか。

答え
人間の生存、及び帰着の秘蘊を知るなどで御座います。
これを知りますと、即ちこの人生と之に関する一切の者を見て
その正鵠を得て過不及なく
又之を知れば、即ち吾人相互に幸福を占有して受くる困難辛苦は
最も少なる道に住することが出来ます。

第五十七
我々の無明を去り苦悩を除くの道は如何で御座います。

答え
仏陀の教えられし、四諦を学び識が宜しう御座います。

第五十八
その四諦の名を御挙げなさいませ。

答え
一には、苦(生存の苦悩)
二には、集(苦悩を生ずる原因、即ち曾てその目的にまで達せしことなくして
自ら満足を求むる欲念起伏の増長である)
三には、滅(その欲念が断滅して、自らこれと相関係しない様にするなど)
四には、道(これ欲念を断滅するの方法である)
此等の四つで御座います。

第五十九
何なる者が苦悩を発する原因で御座いますか。

答え
生長衰病死執着せしものに離れること避くべあらざることを
嫌悪こと得べからざるものを強いて得んと欲することなどで御座います。

第六十
個様なことは、人によりて違いますか。

答え
然り、人に依りて違いますけれども
誰でも多少この様なる思いを有しないと言う訳では御座いません。
そして、御互いにこれが為に苦しいんで居ます。

第六十一
我々は、如何致して無智不慊の貪欲から起こり来る苦悩を
遁るるで御座いましょうか。

答え
その苦悩を発起する生命歓楽を得んと欲する希望心を
征服・断滅するに限ります。

第六十二
如何致して之を征服しますか。

答え
仏の発見して示教せられたる八つの正道を履行が宜しう御座います。

第六十三
その八つの正道とはどんなことで御座いますか。

答え
正道の八つの区別を「アンガス」と称へます。

第六十四
何から解脱することが出来ますか。

答え
今生後生などの凡べて無明、及び不正の欲望から招引ける所の
苦悩を解脱するので御座います。

第六十五
この解脱を得る時は、如何なる境いに至るものですか。

答え
”ニルヴァーナ”で御座います。

第六十六
”ニルヴァーナ”とは、如何なることで御座いますか。

答え
転変の境を脱して、全く静止して、貪欲妄執、及び苦悩を離れ
肉体を持つ所の人類に関する百般のことを総べて断ちたる相を申します。
涅槃(ニルヴァーナ)に至る以前は、常に死したり生たり致します。
涅槃の境に達して見ると、もはや生死は御座いません。

第六十七
何故、我々は復び生ずることが御座いますか。

答え
形質を有する世界に於いて人生の存在に属する物に対して
満足せぬ執念で御座います。
この有体の存在に執着して、未だ消えない所の欲の火は
一種の勢力となりて自ら創造力を起して、この土へ引き戻します。

第六十八
我々の再び生し態は、その不満足なる欲の本体によりて
変るもので御座いますか。

答え
然り、そして又我々の行為に依りて変わるので御座います。

第六十九
我々の善悪の行為は、我々の再生せねばならん場所に於いて
その状況・形態を左右するので御座いますか。

答え
その大則より云えば、我々の善行多きものは
後生にて富貴にして且つ幸福多く
もし又悪行多きものは、貧苦にして且つ艱難の身を受けます。

第七十
個様な仏教の教うる所は
今の科学の許すところで御座いますか。

答え
これ即ち、原因と結果との説で御座いますから
最も今の科学と符合しています。
科学の説によると人は、下劣に在りて不完全な形から
段々上勝なる完全の体相に進趣する法則に依りて
生育したものであると申します。

第七十一
この科学の説を何と申しますか。

答え
進化論と申します。

第七十二
その他、なお仏教の説にして科学の布演するところのものが御座いますか。

答え
仏説に人類の生ずる前に似よりの生を具えたるものが
たんとあると説いて御座います
また人類の間に自然の淘汰法あり。
即ち人にして他より速やかに最上なる智慧を得て
涅槃に達すべき者が御座います。
即ち”ボディサッタ”で御座います。
この中に三の種類が御座います。

第七十三
途中で御座いますが
”ボディサッタ”とは、如何なることで御座いますか。

答え
慈悲の心性に優れて後には必ず仏となりて
この世に現れ出でる人で御座います。
彼、人の無智・愚昧を憐れむの心深く
人の苦悩の原因とこれを脱れるの方法とを教えんとするの念強くして
自ら甘んじて肉体を受け屡々この土に生まれて
彼の心性益々上達して遂に仏の境界に入るので御座います。
この境界になると再び生死の区域を脱れて
ニルヴァーナの寂静に入ります。

第七十四
前に返ってお尋ね致しますが
三の”ボディサッタ”の名は何と申しますか。

答え
一には、「はんやーじか」または「うづがはちたぐにや」と申します。
これは速く仏地に達するもので御座います。
二には、「さだすか」または「ヴいぱちたぐにや」と云うて少し早く達するもの。
三には、「ういりこずあ」または「ぐねいや」と云うて最も遅く達するもので御座います。

第七十五
そして先は如何で御座いますか。

答え
近ごろ科学の教えるところも、この通りで御座います。
地球の表面に現れる多くの生物中、最も速く完全の度に達するものが御座います。
また少し速いものも御座いますれば、また遅いもの有ると申します。
仏教では、二度生る時にはその前生の業と云うて
善悪の行の大小に依りてその生を変えるものじゃと教えます。
科学者の云うところは新に出来るものは
幾らかその循環の結果を受けると申しますから
仏教と科学と根本の大意は同じきところで御座います。

第七十六
そして仏教も科学も共に万物一般に普通の法則に従うものと教えますか。

答え
何れも左様に教えます。

第七十七
然らば、凡ての人は皆仏となる事が出来ますか。

答え
人は自然に仏となるものでは御座いません。
長く年月を経て仏に出世が御座います。
この時、人間の度がこの様な教主の出世して
その将に忘れんとするところの涅槃の道を指示することを要するに至って居ります。
然れども人々皆無明の暗を破って正覚の暁を得れば
即ち均く涅槃を得ることが出来ます。

第七十八
仏教では唯この地球上にのみ人類は生じるものと教えますか。

答え
否、人類の生ずる世界は数多くございます。
人の二度生まるべき世界とその一生の吉凶とは
その人前生の善悪の業に因りて定まるもので
猶、科学の教える如くその人の引力に従うと申すと同じ事で御座います。

第七十九
この世界よりも全成して且つ進歩たる世界
或いは此よりも下等なる世界が御座いますか。

答え
仏教には左様に説いて御座います。
而してその世界に住む人民の度も
またその土地に相応していると申します。

第八十
仏は教示せし教の総てを一修多(一偈)の中に籠められしと
果たして然りで御座いますか。

答え
然りで御座います。

第八十一
その偈(詩)を誦して下さい。

答え
諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教

第八十二
この教にすれば仏教は
能働・所働、何れに属しますか。

答え
諸悪莫作は、所働とも云われますけれども
衆善奉行・自浄其意は、何れも能働で御座います。
仏は我々に唯悪しからざれとのみは教えません。
必ず進んで善を為せと勧めるので御座います。

第八十三
仏教徒の随順するという”三帰”とは、如何なるもので御座いますか。

答え
これは”三帰依”と申して
私は先導者として仏に帰依し
私は法に帰依し、私は僧に帰依し奉ると申します。

第八十四
仏教徒のこの言葉を誦える意は、如何で御座いますか。

答え
その意は仏は、己の全智を得べき教の主なりとして敬い
法は、即ち真理を含み及び涅槃に至るの正路を教え示すものとし
僧は、即ちこの如き仏の教えを説き教えるものとして
帰依するので御座います。

第八十五
然り、この僧の中には知識或いは道徳に於いて
我々より劣りたる者が有るでは御座いませんか。

答え
然り、しかしながら仏の許されたる僧はその志精進して善く教戒を守り
心性錬磨して神聖なる位の八段の一つ
又はまさに達すべく、又はすでに達せし者に限りて居ります。
ここに「ちさらな」載せるところの僧と申しますのは
「あったありやぷっがら」と称えて賢き位に達したる者を指と云う明文が御座います。

第八十六
仏教を信じる俗人に守らしむる五戒と云うものがあるそうで御座いますが
それは如何なることで御座いますか。

答え
これは仏教徒が寺院に於いて公に誦える式文が御座います。
即ち下の文をお聞きなさいまし。
一、私は物の命を取るなと云う戒を守ります。
二、私は窃盗するなと云う戒を守ります。
三、私は邪淫するなと云う戒を守ります。
四、私は妄語するなと云う戒を守ります。
五、私は惰怠心を起す様な酒升に薬を飲むなと云う戒を守ります。

第八十七
仏教徒は個様な戒を守れば如何なる利益が御座いますか。

答え
個様な戒を守るの仕方時および戒数の多少に関して
その身に受ける功徳を増すと説いて御座います。
この一を守りて外の四を守らねばその一に報いるだけの善業となり
また永く戒法を持てば功徳は益々大きく御座います。
怠らず五を守れば当来に必ず優れたる幸福を
受ける身と成ることができます。

第八十八
この他、俗人にして自ら好んで受くべき戒法の功徳となるものが御座いますか。

答え
それは八戒で御座いまして
前の五戒の上に下の三戒を加えたもので御座います。
六、私は時ならざるに食をするなと云う戒を守ります。
七、私は舞踏謡歌及び醜体を観すなと云う戒を守ります。
八、私は華粧芳香なる水油及び凡ての装飾品を用いるなと云う戒を守ります。
(前の八に又二戒を添えてこれを僧徒の十戒と致します)
九、私は高広な臥床を用いるなと云う戒を守ります。
十、私は金銀の贈り物を受けるなと云う戒を守ります。
以上の十戒は僧及び沙彌を検束る戒で御座いますけれども
俗人の剛信者にして守ると守らぬとは
その人の勝手に任せます。

第八十九
この他に僧侶を開示訓輸する為に設けたる戒律が御座いますけれども
下の四には過ぎません。
一、根本教戒律
二、六根閉塞戒
三、衣食等需用戒
四、慎毀貶戒

第九十
僧侶の慎まねばならん悪行及び犯罪の一通りをお挙げなさい。

答え
僧侶の必ず慎まなければならんことは
下の通りで御座います。
○殺生 ○窃盗 ○淫行 ○妄語 ○飲酒 ○非時食
○舞踏及び謡歌醜体を観すこと ○華粧及び薫物を用いること
○金銀・穀肉・婦女・奴婢・畜象など贈物を受けること
○讒誹すること ○叱争ォ口を吐くこと ○無用の談話をなすこと
○綺語書・婢史小説を読み又聞くこと ○俗人の手紙を媒介すること
○売買すること ○欺賂・詐欺などを行うこと
○他人を禁囚・略奪・恐喝すること ○禁ずるところの学術・技芸を学ぶこと
等で御座います。

第九十一
僧侶は俗人に対してどんな義務が御座いますか。

答え
概して申しますれば、身には道徳を示して訓導教化し
法を説き演べ、又頼に依りては病床に就いて病気安慰め
経文を誦え、国難天災の時には公に災害除きの経文を誦え
又公衆を教え徳義を守らせるのが務めで御座います。

第九十二
仏教に教える所の真の善行はどんなもので御座いますか。

答え
外形に於いては大いなる善行と申すべきものは御座いません。
仏果を得せしむるは行為を起させる内心の如何に関するもので御座います。

第九十三
その例は如何で御座いますか。

答え
金持ちありて金を出して寺を建て仏像を造り
餐宴を設け行列を盛んにし、僧侶を餐い貧しき者に施し
池或いは休息所をなすに当たり聊かにてもその富貴に
誇り名利を求めるなどのことあれば
皆善行とはなりません。
貧富及びその仕事の大小に関わらず
慈悲の心より発るときは、これ誠の善業で御座います。
私より起こる善行は人を益する事は有りても
我が身を益することは御座いません。
また人の善き行を見て讃嘆しても飾ることなければ
その身に利益が御座います。
これがもし外聞の為に出たものなれば
何の益にも立ちません。

第九十四
仏説の深き義を知らんには如何なる書を聞読まして宜しう御座いますか。

答え
三蔵と申しまして、三つの書物が御座います。

第九十五
その三蔵の名は何と申しますか。

答え
一は、毘奈那蔵 二は、修多羅蔵 三は、阿毘達磨蔵

第九十六
この三蔵は各々如何なる説法で御座いますか。

答え
第一は、僧侶を統轄すべき戒律
第二は、公衆に説くところの経
第三は、仏教の理学を演繹したる論説を
載せたもので御座います。


第九十七
仏教徒は耶蘇教者のバイブルに於ける如く
この書を以て天授のものと致しますか。

答え
否、唯仏教徒はこの書に記載してあるところはすべて法によりて
之を知りて自ら仏果を證するの階段としてこれを尊信するのみで御座います。

第九十八
仏教徒は仏を信じるのはその功徳の力を以て
我々の罪業を消滅してこの世から救いから出すからで御座いますか。

答え
そうでは御座いません。
人として他人の力によりて救えると云う様なつまらんことはない。
ただ当に自らその身を救わなければならん。

第九十九
然らば、仏は人間万物に向かって如何なる関係が御座いますか。

答え
全見・全智の教主で御座います。自ら大道を覚り之を人に教え
人の苦悩の原因とこれを脱がるる方を教えられました。
個様にして危なき害を避けさせられますから我先導者で御座います。
たとえば盲人の手を引いて暴流に架りたる独木橋を連れ行く人は
盲人の命を救うものと云う様にお互いは無明に遮られて
仏の道を見ることのできないもので御座います。
これを導くものは仏で御座いますから
仏を一切衆生の救命者と申しても、つかえは御座いますせん。

第百
もし、一言を以て仏教の真理を述べるならば
何と申して相応致しますか。

答え
公義と申します。

第百一
何故で御座いますか。

答え
何故と申せば仏教にては人たるものは
全て自身の善悪の業に因りて果を受けることは
一般の規則に従って不公平はないと説いて御座います。
如何程善悪の業は小さくても業道のはかりに漏るるものは御座いません。


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