鈴木 正著『戦後精神の探訪』歴史「アテルイを知っていますか」

アテルイを知っていますか

 

阿弖流為母禮の碑

阿弖流為母禮の碑

2000年の春、私は清水寺の境内を散策していて、これまで全く未知だった名の石碑を見つけた。「北天の雄 阿弖流為母禮(アテルイモレ)之碑」である。

鹿島神宮の悪路王(阿弖流為)像

鹿島神宮の悪路王(阿弖流為)像

七世紀にいまの水沢地方(岩手県)を本拠として坂上田村麻呂の討伐に抵抗していた蝦夷の英雄が戦に敗れ捕えられて都に連行され、河内国で処刑されたと、傍らの立札に書かれてあった。早速私は「大杉栄と哲学」というエッセーを執筆する際に、大杉のいう征服こそ人間の歴史の根本的事実だと喝破したことにつなげて、アテルイのことにふれた。その歴史観は魯迅のいう歴史は人が人を喰う物語だと見る深い文学的直観と重なる。

ここでアテルイのことを知ってもらうために紹介の労をとろう。われわれ日本人(といっても、大和
朝廷の末裔である天皇制の視点に無意識であるヤマトンチュ)の歴史の知識では、征夷大将軍・坂上田村麻呂の名前は知っていても相手の大将の名など眼中になかった。これは全く片手落ちの偏見で、しかもそのことに私たちは無自覚だった。

さきほどあげた石碑は一九九四年に建立された。清水寺は田村麻呂の創建した寺で、その縁である。これは敵味方を超えた武を尚ぶ精神にかなった美挙といえよう。

清水寺の森清範貫主

清水寺の森清範貫主

が、あとでふれるミュージカル「アテルイ」の公演の成功を祈って書かれた文章には

「桓武天皇は東国経略(征伐)をすすめましたが、高い独自の文化を持ち勇敢な彼らに中央政府軍は大変苦戦を続け、ついに延暦二〇年(801年)坂上田村麻呂公が大将軍となり四万の兵を率いて出兵、激戦をくり返す中で、武闘第一主義の無理を看取して宣撫と民生に力を注ぐ政策をとり、アテルイ側もそれに帰順したため、田村麻呂公は、蝦夷の大将アテルイと副将モレらを同伴して京都に帰り、朝廷に二人の人物の武勇を惜んで助命と東北経営に登用すべく嘆願をいたしましたが、残念ながら受け入れられず、両雄は非業の最期をとげたのであります。そこで田村麻呂公は、この二人の霊と敵味方の大勢の御霊を清水寺観音御宝前にその誠を呈し祈念し重ねたのであります。」

としるされている。自治を生かす支配のための助命嘆願も空しく河内国杜川で802年に彼らは処刑された。この両雄たちに対する田村麻呂の遺念を受け継ぎ、「敵味方の恩讐と1200年の時間を超えて建立されました」というくだりと、さらに「これまで中央からしか見てこられなかった歴史観を見直し、現地から文化や人間性を発信する意味を深く汲みとらなくてはならない」という貫主の意義づけと反省の言葉に私は深い感銘を受けずにいられない。

ここでいわれている中央=朝廷史観、つまり大敗を喫した凡将の征夷大将軍・紀古佐美、それを叱
責した桓武天皇の側から見れば、アテルイらの率いる蝦夷軍は敵であり、憎い賊である。記・紀の伝承では、兄磯城皇子や長髄彦を亡ぼし王権の礎を築いた神武天皇以来、温羅(うら)王、クマソタケル(熊襲雄)、イズモタケル(出雲雄)、飛騨の両面宿儺(すくな)から平将門に至るまで、征服者から見れば彼らはことごとく鬼神または妖怪視され、悪=鬼のモデルとされてきた。アテルイのことが『吾妻鏡』の文治五年九月二十八日条には「賊主悪路王」として出ている。悪路とは「アクル」ともいわれ、原義は文字どおり悪路、すなわち中央から見た邪悪な地域、古代律令国家の支配の浸透に抵抗した北奥州の地を指しており、アクロ王は征服されるべき蝦夷の首長である。

このことは現代とて同じである。アメリカの権力者・ブッシュ大統領とそれを支持するメディアからは、フセイン元大統領は「怪物のイメージ」でプロパガンダされたが、パリで記者会見したフセイ
ンの公式通訳のサマム・アブドゥル・マジドの見方はもっと多面的である。彼によれば「礼儀正しく親切だった一面」「思いやりあふれる面が同居」し、また「民族や宗派による差別を全くしなかった」反面、現実を見失うほどに「誇り高い遊牧民の発想を政治に持ちこもう」とした独裁者だと、その『回想録』に述べられている(『朝日新聞』03・11・14)。

史実と人物の評価は立場によって逆転する。戦争中の皇国史観によれば、楠木正成は忠臣で足利尊氏は逆賊であった。この順逆は敗戦後、吹けばとぶように消え去った。だが天皇制史観は人民の意識の奥深く無意識に近い形で根強くはびこって残存している。これをとことん否定しつくすことは、近代における中国や韓国(朝鮮)への侮蔑と偏見、さらに利権から発した征服と侵略の歴史認識をただし、責任を果たす課題と連続していることを知らねばならない。

最後にアテルイのことを、やさしく理解するのに役立つのは、さきにふれたミュージカルである。
私は去る9月26日に名古屋の金山市民会館で上演されるというので、見にいって、すごく感動し
た。このミュージカル劇『アテルイー北の耀星』は、高橋克彦の小説の『火怨』を原作として誕生した。

わらび座ミュージカル『アテルイ―北の耀星』

わらび座ミュージカル『アテルイ―北の耀星』

秋田県田沢湖町を拠点に活躍している劇団「わらび座」の創立50周年記念の企画舞台で500回のステージが予定されている全国公演だった。また漫画化も映画化もされていると聞く。大いに期待したい。

新春にあたって『人民の力』の読者が、歴史の見方で価値転換jるきっかけをつかむ樅縁ともなわばと思い、アテルイとモレという人物とその戦闘的な抵抗の精神を知ってほしいと願っている。

(『人民の力』780号、2004年11月15日)

8月 11th, 2015 by