< 伝承 御詠歌・御和讃 >

〜 花園流詠歌和讃 〜




一、み仏の教えを学び、信心の道に努めます。

一、和合の生活を営み、明るい社会を築きます。

一、慈悲の心で、世界平和を祈ります。



< 御詠歌とは >

「讃仏歌」とも言われ、鈴と鉦の美しい響きとともに
仏さまとその教えを讃えてお唱えするものです。
お経の内容をわかりやすく表現したものなので
真心を込めてお唱えすれば
仏さまやご先祖さまに対するご供養にもなります。
また、仏教や禅の深く尊い教えが
誰にもわかる親しみやすい言葉で表わされていますので
お唱えするうちに仏さまの教えに自然に親しむことができます。
「仏教や禅は難しくてわからない」と思っている方でも
御詠歌に親しむことによって
様々な仏の教えを知ることができるでしょう。
また、最近では様々な楽器とのコラボレーションによる
新しい御詠歌の試みもしています。

一、三十一文字の和歌で作られる『詠歌』
一、七五調の歌詞にメロディをつけた『和讃』



< 花園流御詠歌の歴史 >

大正時代初期、従来の巡礼歌を脱皮し
弘法大師帰依を浄らかに詠いあげ
民衆の心の琴線をゆさぶった新しい詠歌が誕生します。
これが大和流御詠歌といいます。
花園流は、岩田貞雲流祖が大和流に伝わる
堅い男性的な手を動かして唱える所作に関心を持ち
これを柔らかく、まろやかな所作に発展考案されました。
生涯手を以て指導し、作曲され
花園流といえば所作のある流派と全国的に認められ一大特色でした。
本山龍泉庵・釈仏海老師の新作
即ち三和讃、三詠歌に所作及び節付けをして
昭和11年、無相教会の前身となる大慈悲教会が結成されることになりました。
その後、昭和25年に花園流無相教会と改め
現在約1万人の会員を擁するに至っています。



< 花園流無相教会の歩み >

かねてから、臨済宗独自の詠歌和讃を創り
その奉詠を通じて禅の心を一層深めるとともに
広く社会の人心浄化のたすけをしたいとの願いがありました。
中でも東京の龍興寺住職岩田全磨・貞雲ご夫妻は熱心にその布教の必要性を説き
大正13年の春には、開山無相大師さまの御徳を奉讃して
新しい詠歌和讃を広めたいと発願されるに至りました。
昭和10年に、本山搭頭龍泉寺の住職であった釈仏海老師の賛同共鳴のもと
妙心寺の三詠歌や開山大師の御和讃など次々と作詞していただき
岩田貞雲先生が所作、節付けをされ
ここに多年の宿願がようやく成就して、花園流の基盤ができたのです。
昭和11年には、釈仏海老老師を総裁に迎え
本部を龍泉寺に置いて「花園流大慈悲教会」が結成されました。
岩田貞雲流祖が全国各地を巡講して指導にあたられ
会員の数も年とともに増加していったのですが
大戦の勃発により、一時停滞せざるを得なくなりました。
しかし大戦が終わると教会復興の機運が高まり
昭和24年の春頃から、全国各地に支部結成が相次ぎ
岩田流祖の高弟・東海宗益、津田宗徹をはじめとする
師範、準師範が春夏秋冬、各地の要請に応じて指導と普及に尽瘁されました。
その成果が実を結び
翌年の昭和25年4月には「花園流無相教会」として本派直属の教会となったのです。
また、東智月師範が花園流独自の楽譜を創作されるに及んで
詠歌和讃の普及が一段と進み
質的にも飛躍的な発展をみるに至りました。
現在は、羽澄直樹詠鑑のほか
13名の師範による指導体制の下で活動を行っています。



『 般若心経御和讃 』

観自在なる大菩薩
あやに尊く畏くも
深き般若の智慧の海

法のみ船を浮かべつつ
彼岸の都うるわしき
花の浄土に往き来して

生きとし活ける諸人の
救済の道にはげむ時
我らが身とも心とも

思える五蘊そのままに
皆空なるを明らかに
照らす光の力もて

世の人々の苦しめる
悩みとともに禍厄を
みな悉く消したもう

慈悲と智慧の尊さを
仰ぐも嬉しよろこばし
仰ぐも嬉しよろこばし



『 詠 歌 』

み仏の教えの本ぞこの法は 人とし人の尊さを説く

大いなる恵の中ぞ悦びは 尽きずただただ掌を合わすかな

たぐいなき三つのみ宝敬いて 生くるいのちぞ尊かりける

鷲の嶺伝えし法の妙なれや 心の花の園に栄えん

信濃なる中野の城は鴨が嶽 呱呱と御法を説きそめしかも

道のため美濃の伊深に牛まきて 法の御山に祖と仰がる

袈裟結ぶ藤の蔓輪の今も尚 紫匂う花園の寺

花園の流れは妙に松風の ひびきののせてとわにつきまじ

三毒に燃ゆる心の鬼火さえ きえて痕なし面壁の床

つつしみをおのが心の根とすれば ことばの花はみごと咲くなり

安かれと拝む心にかよいくる みたまを照らせ法のともしび

いざ行かん行きて彼岸の花を見ん 生死の海は波あらくとも

花匂う卯月八日の朝まだき 生まれ給いし藍毘尼の園

へだてなくさとりの道はとげうべし たてたるあかし永久にかがやく

今は早あらゆる御法説き尽し 涅槃の雲に入り給う

鷲の嶺法の御声は花園の 皇寺の庭松にきくかも

永久に花の園生に照る月は 無相の光影円かなり

ほろほろと鳴く山鳥の声聞けば 父かと思う母かと思う

雲を踏む峰のかけはしそれよりも うき世を渡る道ぞあやうき

いろかえぬ尾上の松に吹く風は 万代よぼう声にぞありける

さ夜ふくる窓の灯火つくづつと 影も静けし我もしずけし

火の中をわけても法は聞くべきに 雨風雪はもののかずかは

かしこくも帝いましし妙心寺 松にも残る四派の開山

あれを見よとりべの山の夕煙 それさえ風におくれ先立つ

一人来て一人で帰る死出の旅 花の浄土に詣るうれしさ

はかなくも闇路に迷う身なりとも 地蔵菩薩のみ手にひかれて

み仏の教えかざして高らかに ともにつかばや平和の鐘を

大君に捧げし其身そのままに 御法の園に入るぞ嬉しき

世のうさをよそに三雲の雲深く 照る月影や山住の友

此処も又 浮世の人の訪いくれば 空行く雲に宿もとめてん

住捨る山を浮世の人とわば 嵐や庭の松にこたえん

仏日の真に照らす法の山 松にみどりのいろの濃きこと

法の峰照らす日かげは絶えずして いまさかりなり花園の寺

もろもろの罪おのずから消えはてて 仰ぐ恵日の影さやかなり

世を照らす光をいかでかかげまし けなば消ぬべき法の灯火

後の世もこの世も闇はなかりけり 地蔵菩薩の慈悲の光に

賓もなく主もなく更に歴然と 貴かりけり祖師の一喝

法の山萩原院の高御くら よろず代かけて国護ります

みほとけの心の花に微笑みて 無相のひかりかがやかすらん

南無薬師恵みあふるる霊験の あらたかなるぞ尊かりける

みほとけはどこにおわすと尋ぬるに たずぬる人の胸のあたりに

よろずよのねがいをここにおさめおく みずはこけよりいずるたにぐみ

ふるさとをはるばるここにきみいでら 花の都も近くなるらん

ちちははのめぐみもふかきこかわでら ほとけのちかいたのもしのみや

みやまじやひばらまつばらわけゆけば まきのおてらにこまぞいさめる

けさみればつゆおかでらのにわのこけ さながらるりのひかりなりけり

日は暮る雨は降る野の道すがら 救わせ給え観世音

おめでたや七福神のらくあそび ろかいいさめて宝入り



衆生無辺誓願度
煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成



篠笛で吹いてみよう。





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