< 伝承 仏教神話 40 >

〜 翁の文 〜


 僧侶のやることはすべてインドにならったものである。自分の身を修め、また人をも教
化するのだが、とくに梵語をつかって説法などをするものだから、だれもこれを会得した
ためしがない。まして調度品から家の造にいたるまでを、なに一つインドとちがわないよ
うにしようとするが、こんなことは、おもいもよらないことである。インドでは、片はだをぬ
ぎ合掌するのを礼にかなったものとし、股や膝などがあらわになるのを礼儀正しいことと
している。だから経典にも、「踝膝露現陰馬蔵」とも書かれているのである。人の臀部の
きたないところまでも、隠さずにあらわしておくのをよいことだとしている。だから僧侶は、
もしすべてをインドにならうのなら、このようなことも、他人の思惑を気にしないでやるべ
きである。

 『是我語と雖も、余方に於て清浄ならずんば、行わざれば過ちなし。我語に非ずと雖
も、余方に於て清浄ならば、行わざるを得ず』

と説かれているように、まったくその国の風俗を改めて、インドに学び従えと仏も教えて
いるわけではない。ところが日本の僧侶は、なにごともすべてインドを見習おうとして、こ
の国にふさわしくないことばかりをやっている。これらはみな、その道にはずれるもので
ある。翁はこれをにくんで、嘲弄したものである。





 釈迦が六仏を祖とし、燃燈仏のことを思い出して「生死を離れよ」と人々に説きすすめ
られたのは、釈迦よりもさきの、仏教以外の修行者たちが、「天を祖とし、これをたよりに
して修行すれば、昇天して天に生まれる」と説いた、その上を出たものである。またこの
釈迦より先の、仏教以外の修行者たちも、みなおたがいにその上を出ようとしたもので、
鬱陀羅が「非非想」を説いたのは、阿羅羅のいう「無所有処」の上を出たものである。こ
の「無所有処」の説は、またそれよりも先の、「識処」の上を出たものである。「識処」の
説は、またこれより先の、「空処」あるいは「自在天」などと説かれているものの、その上
を出たものである。
 このように、だんだんと説き出して、天について三十二もの説があらわれることになっ
た。これらはみな、仏教以外のことであるが、同じ釈迦の仏法の中にも、文殊菩薩を信
奉するものたちが、般若部の大乗経典をつくって「空」を説いたのは、摩訶迦葉を中心と
するものたちが、阿含部の小乗経典をつくって「有」を説いた、その説の上を出たもので
ある。普賢菩薩を信奉するものたちが、『法華経』『深密解脱経』などを作って、「不空実
相」を説いて、それを仏が悟をひらいてから四十余年後の説法にかこつけたのは、これ
もまた文殊の説の「空」の上を出たものである。
 その次に、『華厳経』を作ったものが、それを仏が悟をひらいてから、二十七日目に行
なった説法に結びつけて、太陽が、まず高い山々を照らすことにたとえたのは、またこれ
を仏の悟を開いたはじめにかこつけて、諸法の上に出ようとしたものである。また次いで
『涅槃経』を作ったものたちが、涅槃一昼夜の説法にかこつけて、仏の精髄を牛乳から
出る醍醐(濃厚甘味の液)にたとえたのは、これはすべての法をつき合せ、さらにその上
に出たものである。
 また、金剛薩捶の大日如来にかこつけて、法華を第八、華厳を第九として、釈迦の説
法をすべて顕教と名づけたのは、これはまた諸法からはなれることによって、その上を
出たものである。また頓部の経典に「一切の煩悩、本来自ら離る。一念不生、即ち是れ
成仏」などといい、あるいは禅宗で、「四十余年説くところの経巻は、すべて不浄なものを
拭う破れ紙である」などといいだしたのは、これはすべての法を破棄して、さらにその上
に出たものである。
 このことをよく知らないで、『菩提留支唯摩経』では「釈迦の一音は、さまざまに聞こえ
るものだ」といったり、また天台では「釈迦の方便(衆生を教え導く手段)によって、その
一代のうちに、説法は五度かわった」といったり、あるいはまた賢首大師のように、「衆
生(一切の生物)の根機(教法を受ける能力)にしたがって、その伝えるところをそれぞ
れちがえている」などと理解するのは、すべて大いなる誤解にもとづく偏見である。この
点に関して、くわしいことを知りたいと思うならば、『出定後語』という本を見るのがよい。





 仏道の特徴は、幻術である。幻術というのは、今の魔術のことである。インドは幻術の
好きな国で、道を説き、人を教えるにも、この幻術を適当にまじえて導かなければ、誰も
信じてしたがおうとはしない。だから釈迦は魔術の上手であった。かれが六年間山には
いって修行したというのも、この魔術を学ぶためだったといわれている。
 また、諸経に書かれている神変・神通・神力などというのも、すべて魔術のことであっ
て、白毫光のうちに三千世界を現わし、広張舌を出して、その舌を梵天(仏の住む世界)
にまであげられたということや、あるいは維摩詰が、八万四千の獅子座を方丈(一丈四
方)のなかに設けたり、神女が舎利弗を女にしたということなどは、、みなこの魔術をつ
かったものである。
 そして、そこでいろいろとあやしげな、「生死流転因果」というものを説き、「本事本生未
曾有」を説き、奇妙ないろいろの説をたてられたのも、すべて人に信じられようとする方
便だったのである。これは、インドの人を導く仕方であって、日本ではそれほど必要なこ
とではない。

 翁は上のように説いているが、神通と魔術とは同じものではない。魔術は技術的な学
びの技から生まれ、神通は修行の結果生まれ出るものである。しかしながら、翁のいっ
ていることはもっともなことである。


(富永仲基)









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