< 伝承 仏教神話 42 >

〜 仏陀の自信 〜


 佛陀は摩掲陀国佛陀伽耶の菩提樹下金剛宝座で成道したのであるし、菩提樹は代々
植えられて、現今でも青々と繁茂して居るし、その下に金剛宝座が石に包まれて現存
し、又傍には広大な搭が、もと阿育王の建てたものを後世多く修補する所があって、立っ
て居る。阿育王が搭を建てたのであるから、ここが成道地であったことも確実であると考
えられるが、佛陀は、成道後、ここに数週間宴坐して後、ベナーレスの郊外鹿野苑に行
って五比丘の為に初転法輪をなすことになった。鹿野苑にも阿育王の建てた大石柱が、
現今は倒れては居るが、現存して居るから、ここが初転法輪地であることも確実である。
佛入滅後間もなく、降誕地と成道地と初転法輪地と般涅槃地とが四大霊場として巡拝せ
られるようになったのであるが、何れも確実な遺跡であると認められるのである。佛陀は
鹿野苑に行く中途に於いて邪命派の一人ウパカというものに逢った。ウパカは佛陀を見
て、
 『友よ、卿の諸根は澄静にして皮色は清白なり、卿は何人を仰いで出家せしや、卿の
師は何人ぞ、又、卿は何人の法を喜び奉ずるや』

と問うたといわれる。これは当時に於いて、殆ど挨拶の語の如く、慣例になって居ること
である。佛陀はこれに答えて、

吾は一切の勝者、一切の智者、
一切の法に於いて汚されず、
一切を捨離し、愛尽に於いて解脱せり、
自ら證したれば誰をか(師と)指示せん。
吾には師なく、吾に等しきものあることなし、
人天界に於いて吾に対等なるもの無し。
吾は実に世間に於ける阿羅漢(尊貴人)なり、
吾は無上の師なり、
唯一の正等覚者なり、吾は清涼となり涅槃を證したり。
法輪を転ぜんが為にカーシーの国都に往く、
盲闇のこの世に於いて不死の鼓を打たん。

 『友よ、実に卿の言う如くんば、卿は無辺の勝者ならむ』

げに漏尽に達せるものは凡て吾と等しき勝者なり、
吾は諸の悪法を克服したり、ウパカよ、故に吾は勝者なり。

というたと伝えられて居る。此の偈の意味は、要するに、一切の勝者、一切の智者であ
るということと何人にてもかくなり得るということであろう。一切の勝者は漏尽に達し、悪
法に打勝ち、一切法に汚されず、一切を捨離し、愛尽に於いて解脱し、清涼となり、涅槃
を證したことであり、又自ら證知して師と仰ぐべきもの無く、人天界に於いて自ら師として
他に対等のもの無く、真に尊貴人無上師、唯一の正燈覚者であるのが、一切の智者た
る所であり、漏尽に達したものは何人と雖之と同じ勝者であるというにある。佛陀が実際
上果たしてかかる偈を以てウパカに答えたかどうかは明らかではないが、ウパカに答え
た所がかかる趣意であったことは、偈の形で、忠実に伝えられて居ると認むべきであ
る。ウパカはこれを聞いて、そうかも知れぬというて、頭を振り振り別路を取って去ったと
付加せられて居るが、頭を振り振りが如何にもその実景を想見せしめるものがあると考
えられる。之によって見るに、佛陀の自信の極めて大であることが知られるのであるし、
この偈の中に、既に、後世明らかとなる佛陀観の基礎的の考が含まれて居るのを見得
るとおもうのである。
 佛陀の成道は、之を分かっていえば、即ち自覚であって、今や自覚に次いで、覚他の
行に出でた所があるから、その自信の大なることは、その自覚の徹底したものであった
ことを示すものである。進んで鹿野苑に到って、実際に初転法輪をなしたのを見れば、
それは覚他が実際に行われたのであるし、覚行窮満したことが、事実上に示されるので
あるから、自信の大なることはその凡てを明瞭に示すことになるのであり、又、弟子信者
が佛陀を見る見方を決定せしめるものである。一切の勝者というのは、後世いう語でい
えば、煩悩障を断じたことで、覚察の義に当たり、一切の智者は所知障を断じたことであ
って、覚悟の義に当たるのであるが、これは佛陀としては全く事実であって、これについ
て何等の問題は起こらないのであるが、吾々としていえば、吾々も之と等しきものとなる
のであるから、果して事実問題なりや否やが考えられねばならぬことになる。吾々では
問題となることが、佛にあっては問題とはならぬのであるから、佛の自覚が如何に大な
るものであるかを想見すべきである。佛は自覚に於いて理法と不二となったのであって、
それが佛の自信の根本であるし、弟子信者としては、それが佛たる所以であると見て居
るのである。これが又仏陀釈尊の人格をなすのであるから、以て佛陀の人格の偉大と弟
子信者の堅固とが相俟って居ることを見るべきである。


(宇井伯寿)








戻る
戻る